翌週の土曜日、加奈子はあの駅に再び足を運んだ。お婆さんに会うという目的もあったが、もう一つ心に引っかかることがあった。それは、あの日会った駅員の存在だった。
名前も知らないその駅員。どこか落ち着いた物腰で、頼りがいのある雰囲気を持った彼の言葉が妙に心に残っていた。「もしかして、また会えるかもしれない…」という淡い期待を胸に、加奈子はその駅に向かう電車に乗った。
駅に到着すると、加奈子はホームを見渡しながら少し緊張していた。駅員さんがいるのかどうかも分からないし、そもそもどんな顔だったかはっきり覚えているわけでもない。ただ、あの時の温かい声と柔らかな笑顔だけがぼんやりと脳裏に浮かぶ。
しばらく駅構内を歩き回ったが、それらしい姿は見当たらない。「やっぱり、会えないか…」少し諦めかけたその時だった。待合室の方向から、あの声が聞こえてきた。
「お婆さん、今日もお出かけですか?」
加奈子が振り返ると、そこにはお婆さんと、あの駅員が立っていた。お婆さんは手押し車を押しながら何やら楽しそうに話している。加奈子は思わず声をかけた。
「あの、こんにちは!」
駅員とお婆さんが同時に振り向く。駅員は少し驚いたようだが、すぐに穏やかな表情になった。「あ、先日のお客様ですね。お婆さんに会いに来られたんですか?」
加奈子は少し照れくさそうに頷いた。「はい、お婆さんに改めてお話を聞きたいと思って…それに、あの日のお礼も言いたくて。」
お婆さんは加奈子の顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。「まあ、また会えて嬉しいわ。あなた、やっぱりあの子にそっくりね。」
「あの子って…誰のことですか?」加奈子はお婆さんに尋ねた。
お婆さんは少し遠くを見るような目をして、「私の長女よ。昔、家を出て行ったきりでね…」と呟いた。
駅員がそれを聞いて、「お婆さん、今日はどちらへ行かれる予定ですか?」とさりげなく話題を変えた。そして加奈子の方を向き、「よければお話を聞くついでに、僕と一緒にお婆さんを病院まで送っていただけませんか?」と提案した。
加奈子は少し驚いたが、その申し出に自然とうなずいていた。「はい、ぜひ。」
三人で駅を出発し、病院へ向かう道中、加奈子は少しずつ駅員と会話を交わした。名前は田中涼介と言い、この駅で勤務し始めてまだ一年ほどだという。穏やかで優しい口調に加奈子の緊張もほぐれていき、いつの間にか二人は笑顔で話していた。
病院に到着し、お婆さんを受付まで送り届けたあと、加奈子と涼介は病院の近くのカフェに立ち寄った。お互いのことを話しながら、加奈子はふと感じた。涼介の存在が、自分の中で少し特別になり始めていると。
「それにしても、あなたがこんなに親切にしてくださるとは思っていませんでした。」加奈子がそう言うと、涼介は少し照れくさそうに笑った。
「いや、加奈子さんがあの日お婆さんに親切にしてくれたからですよ。僕はただ、それを引き継いだだけです。」
そんな涼介の言葉に、加奈子の胸が少し温かくなる。