加奈子は帰り道、心の中でお婆さんの顔を思い浮かべながら歩いていた。お婆さんの「あなた誰かに似ているね」という言葉が何度も繰り返し浮かんでは消えていく。それがただの思い違いだったのか、それとももっと深い意味があったのか…その答えが気になって仕方なかった。
家に帰ってからも、そのことを考え続けていた。もし自分が何か手助けできたのなら、もっとお婆さんと話すべきだったのではないか、後悔の気持ちも湧いてきた。しかし、加奈子は自分の仕事や日常に追われているうちに、その思いは少しずつ薄れていった。
数日後の週末、加奈子はふと思い立って再びその駅を訪れることにした。お婆さんがどこかで見かけたことがあるかもしれないと思ったからだ。駅に到着した加奈子は、あの混雑した朝のことが昨日のことのように鮮明に思い出される。
加奈子が改札を抜けて、待合室に向かうと、そこで一人の男性が立っていた。彼は、加奈子が以前お婆さんを手助けした時に見かけた駅員の一人だった。加奈子は声をかけてみた。
「こんにちは、覚えてますか? あの時、お婆さんを駅員さんに預けた者ですが…」
駅員は少し驚いた様子で加奈子を見た後、微笑んだ。「ああ、あの時のお客様ですね。お婆さん、無事に病院へ行けたようですよ。」
加奈子は安心して頷いたが、ふと気になって尋ねた。「実は、お婆さんが『誰かに似ている』って言ったことが気になっていて…それって、もしかして、何か心当たりがあったりしますか?」
駅員は少し考え込んだ後、「実は、あの方、ご近所でもちょっと有名な方なんです。昔から顔立ちがよく、どこかで見たような顔だと言われることが多かったらしいんですよ。」と答えた。
加奈子は驚いた。「本当に、似ている人がいるんですか?」
「そうですね…でも、あのお婆さんが言っていたのは、もしかしたら『誰かに似ている』というよりも、何か過去の記憶がフラッシュバックしたのかもしれません。」駅員は続けた。「あの方、実は若いころに大きな事故に遭ったことがあって、長い間入院していたんです。その時、記憶が少し曖昧になった部分もあるんですよ。」
加奈子はその話を聞いて、ますますお婆さんが気になった。「もしかして、記憶の中で誰かと似たような顔を思い出したのかもしれませんね。」
駅員は頷きながら、「そうかもしれませんね。でも、お婆さんが本当に似ていると感じたのは加奈子さんに何かしらの共通点を感じたからかもしれませんよ。」と言った。
その瞬間、加奈子は何か大きな意味を感じた。お婆さんの言葉は単なる偶然の一言ではなく、何か深い繋がりを感じさせるものだったのかもしれない。その後、加奈子は駅員にお礼を言い、駅を後にした。
帰宅後、加奈子はその日見た駅員の言葉を心に刻みながら、自分にとって本当に大切なことは何か、そして「似ている」という言葉が持つ意味について考え続けた。
翌週、加奈子は再びその駅に向かうことを決めた。お婆さんとの繋がりを確かめるために。
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